2010年08月09日

新宿区区民討議会を振り返って その1

終了して約2ヶ月。報告書も新宿区のホームページにUpされました。
→ 
http://www.city.shinjuku.lg.jp/kusei/kikaku01_000117.html
そろそろこの市民討議会について個人的な総括をしたいと思い、「民主主義的市民討議会のあり方」を中心にカキコさせて頂きます。


 以前も書いたように、今回の市民討議会は「短い・高い」の特徴がありました。

短い・・・準備期間3ヶ月、報告書提出期間3週間何をするのにも短かったです。おかげで準備や下ごしらえが結構大変でした。開催のための公式会議は全部で4回、報告書作成のための会議は1回のみでした。もちろん、それを補うための作業部会を別途何度も開催しました。

高い・・・市民の参加率10%以上、当日の参加率共に高かったです。

その他2日間で12,000円も参加費としては今まででもっとも高いものだと思います。もしかしてかかった経費も一番高かったかもしれません・・・。

 まあ、これらのことはについては後日語るとして、徹底して日本の民主制度、地方自治法その他の法律の精神を生かした開催手法をとるようにした点について詳しくお話していきたいと思います。

 開催前に区役所職員の方に「ファシリテーション」をなぜ導入しないのか聞かれました。最近、いくつかの青年会議所からも「ファシリテーション」の導入について相談を受けました。確かに市民参加を「無難に」こなし市民の好感度を高め、単なる「会議」として市民討議会を開催したいのならばファシリテーションを導入することも良いでしょう。しかし、それでは市民討議会の本来の意味であり、手本となったプラーヌンクスツェレの最大の目的である「民主主義的な市民参加」の意義が消し飛んでしまいます。そのため、今回の新宿区区民討議会においては、一切のファシリテーションとそれに類する行為を排除しました。


 全てのファシリテーターやファシリテーションを否定するつもりはありません。私自身、エンカウンターグループ(グループカウンセリングの一種)のファシリテーション訓練を受け、会議ファシリテーションの手法を在籍した会社で学び、現在も仕事で会議ファシリテーターをすることがあります。グループカウンセリングや会議の進行等においてはたいへんな効果をもたらしますし、市民討議会を「単なる市民の集まる会議」と限定すれば効果があるのは間違いありません。しかし、ファシリテーターを入れた瞬間に公平・公正・中立という基本が瓦解します。プラーヌンクスツェレの創始者であるP.C.ディーネル博士のご子息でその意志をついで研究を続けているH.L.ディーネル博士と来日の際にお話した時は「ファシリテーションはプラーヌンクスツェレにもっとも相容れない手法の一つ」とおっしゃっていました。


 「なぜそう言えるのか?」と思う方もいるでしょう。
理由については、ぜひファシリテーションについて書かれた本を読んでみてください。きちんとした本であれば必ずファシリテーションの究極の理想は「ファシリテーターが存在しなくても良い状態を作り出すこと」であるとの旨が書かれているはずです。逆に言えばファシリテーターは「どうしても仕方のない状況の時にだけ関与する」のがそのあり方です。ですので、ファシリテーションを活用した市民参加も数多くありますが、それはファシリテーターが介在しなければ会議が進まない場合に限られます。
 多くの方がご存知のようにプラーヌンクスツェレを参考に作り上げた市民討議会は、「ファシリテーター」の介在が全くなくても問題なく機能します。これにファシリテーションを導入するということは市民討議会に何らかの「意図」や「意志」をそこに介在させたいからと疑われる可能性さえ出てきてしまいます。

 
 また、これもある程度詳しい専門書等をお調べいただければ分かりますが、「どんなに素晴らしいファシリテーションでもファシリテーターの参加者への影響を0にすることは出来ない」という事が書かれています。故に、ファシリテーションとは民主制度上の市民参加においては「必要悪である」との原則的な認識があります。先日、アメリカで市民参加を研究している方にお聞きしましたところ、ファシリテーション型市民参加が盛んなアメリカにおいても、ファシリテーターの関与が参加市民の意見形成に少なからぬ影響を与えている事を示するデータが発表されており、一部で問題視されているとのことです。


 ちなみに、別府大学の篠藤教授にお話を伺ったところ、「ヨーロッパ、特にドイツにおいて『ファシリテーション』を市民参加に使おうといったら大反対運動が起こるでしょうね。ナチスの再来だという人も出てくるでしょう。」とまでおっしゃっていました。


 この様な事態が起こるということは、残念ながら一般的には民主制度と民主主義に対する認識がまだまだ幼いものであるからともいえるでしょう。東大名誉教授の篠原一先生のお言葉をお借りすれば「まだまだ政治文化が育っていない」と言うことでしょう。私が青年会議所在席時に仲間と共に「市民討議会」を提案した目的の一つが「日本における真の民主主義文化の醸成の一助となる」ことでした。それゆえにほんの一部とはいえ市民討議会にファシリテーションが導入されていることにショックと責任を感じています。私たちは市民討議会を単なる「市民のお祭り会議」にするつもりはありません。あくまで現在の日本の法制度のもとで

・全ての市民が
・平等かつ対等に
・他の誰の影響も受けずに
・自分たちの意志で
・合意形成を作り出せる場


を提供し、日本に民主主義の政治文化を根付かせていくことが使命と考えます。これからも、より民主主義的で質の高い市民討議会が開催できるよう、なお一層、国内外の諸団体・学者・研究者の方々との連携を強化していきたいと考えています。

2012年4月8日追加関連記事あり
http://shimintougi.sblo.jp/article/54854853.html
posted by こばりけんいち at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 市民討議会の記事
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